【中国】冒認商標出願人に対する民事及び行政責任の追及についての解説(上編)
1.はじめに
中国で多発する冒認商標に対応するために、企業は、異議申立て、無効審判等をし、さらには審判取消訴訟まで提起する場合もあり、多額の費用と労力がかかる。しかも、これらの手続きにおいて、たとえ最終的に冒認商標と認定されたとしても、得られる効果は冒認商標の登録阻止や無効化にとどまり、冒認商標出願人に何らかの懲罰を与えることまでは難しいという実情があった。このように、冒認商標に対処する企業側の負担は軽くない一方、効果的な懲罰がないため冒認出願行為を十分にけん制できていないことが従来の課題だった。
しかしこの状況は今後変わっていく可能性がある。近年の商標法の改正で冒認商標出願行為に対する行政処罰制度が導入された。また、実務上、冒認出願行為を不正競争行為と認定し、冒認出願人に対し、冒認出願行為の停止、冒認商標の抹消、権利者への損害賠償等を命じる民事裁判例も現れている。
企業の冒認商標対策の参考に供するために、2回を分けて、冒認商標出願人に対する民事及び行政責任の追及についての法規定及び実務運用、それを踏まえた企業の対策を紹介する。
2.行政責任について
・ 法令規定
商標の冒認出願に対する行政責任は、主に、『商標法』第68条第4項、『商標登録出願行為を規範する若干規定』第12条に定めている。
『商標法』第68条第4項 |
・行政処罰の要件・対象行為
前述の法令で定めた行政処罰の対象行為は「悪意による商標登録出願行為」であり、「悪意」があるか否かは行政処罰を行うために最も重要な要件である。実務上、「悪意」を認定する際に、出願人が所属する業界、冒認商標の出願件数、社会公共利益に対する悪影響、他人先行権利の有無、先行権利の著名性・識別性、出願人が先行商標への接触可能性等の要素が考慮される。
また、実務上、典型的な悪意による商標登録出願行為は以下の3種類がある
①不良影響がある登録出願行為
具体的、社会的、政治的に重大なマイナス又は悪影響を与え、社会公共利益及び秩序を損い、公序良俗に違反する登録出願行為を指す。
「主席」、「総理」、「党員」等国家機関や政党の名称、「火神山」、「雷神山」(コロナ禍で建設された病院の名称)等の防疫に関する名称、「淄博焼烤」(淄博バーベキュー)等流行語、「全紅嬋」等のオリンピック選手の氏名等に対する冒認出願行為が挙げられる。
②使用を目的とせず、商標を買い占める行為。
出願者が生産・経営活動の必要性に基づかず、大量に商標登録出願を行い、実際に使用する意図がなく、商標資源を不当に占有し、商標登録出願の秩序を乱す行為を指す。
参考事例 |
③他人先行権利を侵害する登録出願行為
一定の著名性がある商標、企業名称、作品或いはキャラクター名、美術作品、氏名権、肖像権等の先行権利に対して、複製、模倣、盗用を行い、商標登録出願の秩序を乱す行為を指す。
参考事例 |
事例データベースの検索結果から、上記の3種類の行為の中、第1種類の冒認出願行為に対する行政処罰の事例が最も多く、全体の6~7割を占めており、第3種類の冒認出願行為に対する処罰事例が最も少なく、全体の1割程度である。この統計結果から、現在、処罰事例は主に社会公共利益を害する商標の冒認出願行為に集約しており、個別権利者の先行権利を害する商標の冒認出願行為に対する処罰には一定のハードルがあることが分かる。
・ 取締り方法
実務上、「悪意による商標登録出願行為」に対する取締まりの方法について主に、①国家知識産権局他の当局が提供する情報により、各地の市場監督管理部門が自主的に調査、取締まりを行うこと、②権利者等の第三者の申立てや告発に基づき、各地の市場監督管理部門が調査、取締まりを行うことの2種類がある。実務上、①の取締まり方法がメインである。
また、②の場合、地方の当局は、「悪意による商標登録出願行為」であることを認定した場合、かかる冒認商標の情報は、国家知識産権局に共有され、冒認商標の拒絶に繋がることがある。
参考事例 温嶺市市場監督局による某コンサルティング会社に対する処罰事例において、当事者の某コンサルティング会社が2019年9月30日以降、実際に事業活動を行っておらず、「まず商標を出願し、次に会社の発展の方向性を決める」という理由で、「古茗」、「一点点」、「修正」、「仁和」等、他人が先に使用し、且つ一定の影響力を持つ茶飲料商標を模倣し、累計78件の商標登録出願を行った。中国の茶飲料ブランドである古茗社は、このことを当局に告発した。当局は、某コンサルティング会社による出願行為を「使用目的のない悪意による商標登録出願行為」と認定し、同社に警告、7,000元の過料の処罰を下し、同時に、関連情報を国家知識産権局に共有し、商標の拒絶を要請した。国家知識産権局は、当該申請に基づいて某コンサルティング会社の出願した67件の商標を拒絶した。 |
なお、事例データベースの検索結果から、約8割以上の処罰事例は、北京市、上海市、江蘇省、浙江省、広東省等の沿海地域に集約していることが分かる。
・罰則
「悪意による商標登録出願行為」として認定される場合、情状に応じ、冒認出願人に対して、①警告、②過料(違法所得がある場合、違法所得の3倍以上3万元以下を罰し、違法所得がない場合、1万元以下を罰する。)の行政処罰を科すことができる。過料が最大でも3万元(約60万円)であり、一方、冒認商標の譲渡で得られる収益は、通常、その過料を上回る(100万円~/1商標)ため、現行法で定めた罰則は、冒認商標の出願のけん制効果がまだ高いとは言えない。
ただ、2023年、中国国家知識産権局の発布した「商標法改正草案(意見募集稿)」(以下「意見募集稿」という)では、過料の上限を現行法の3万元から25万元に引き上げており、今後、悪意の商標登録出願行為に対する処罰を一層強化されることが期待される。
3.まとめ
全体的に、企業が最も関心度の高い、個別権利者の先行権利を害する商標の冒認出願行為に対する行政処罰事例がまだ多くなく、その処罰を実現するハードルが依然として高い。したがって、現時点においては費用対効果の観点において、企業として、すべての商標冒認出願に対する一律行政取締りの対策を検討する必要がない。ただ、同じ出願人が繰り返し冒認出願を行う、大量に冒認出願を行う等、悪質性の高い冒認出願行為が存在する場合、それをけん制するために、同対策の取組を検討して良いと思われる。また、今後は冒認出願行為に対する取締りが強化されていく見込みであり、法改正や実務運用の動向を引き続き注目した方が望ましい。
次回は、冒認商標出願人に対する民事責任の追及について紹介する。
[1] 沪市監黄処〔2022〕012022000395号
[2] 沪市監青処〔2021〕292021003715号
著者情報
IP FORWARD 法律特許事務所
中国弁護士 周 婷