中国における刑事摘発の実態
刑事摘発は、相対的に規模が大きい商標権侵害行為に対してよく活用され、摘発当局の権限、処罰の程度が強いため、模倣品の商流が解明でき、模倣業者を一網打尽にする有益な手段となります。今回の記事では、Q&Aの形式で、商標権侵害案件の刑事摘発の実務上の代表的なご質問を取り上げ、刑事摘発の実態をご紹介いたします。
Q1、全体の流れは?
刑事摘発における全体の流れは下表のようになっております。
Q2、刑事訴追の基準は?
登録商標権侵害罪(刑法213条)、登録商標侵害商品販売罪(刑法214条)を例に挙げると、以下のとおり規定されております。ここでいう不法経営金額とは、法律上、「知的財産権侵害行為を実施する過程に、権利侵害製品の製造、貯蔵、運輸及び販売の価値」と規定されていますが、要すると、模倣品の製造規模、というイメージで、模倣品が製造されて販売された場合は同金額、販売前、在庫の状態の場合には、製品の表示価格か、同種の製品の平均的な金額をベースに金額計算されます。違法所得金額とは、模倣行為の過程で得られた利益のことですが、実務上は、不法経営金額基準が使われることが多いですが、同基準に基づく正確な金額算定は困難であることもあり、下記各数字の2~3倍以上の侵害規模、かつ、容疑者に関してある程度詳細な情報が提供できないと、そもそも受理してもらえないことも少なくないのが実情です。
<登録商標権侵害罪>
・ 不法経営金額が5万元以上又は違法所得金額が3万元以上の場合
・ 2種類以上の登録商標を虚偽表示し、不法経営金額が3万元以上又は不法所得金額が2万元以上の場合
・ その他の情状がひどい場合
<登録商標侵害商品販売罪>
・ 販売金額が5万元以上である場合
・ 未だ販売されていないが、商品価値が15万元以上である場合
・ 販売金額は5万元以下であるが、未だ販売されていない商品の商品価値と合わせて15万元以上である場合
Q3、不法経営金額、商品価値の認定方法は?
刑事摘発の際に、模倣業者側の模倣品に関する過去販売記録、商品見積書、領収書といった証拠収集ができた場合、これらの証拠に基づいて認定されることが多いです。こうした証拠を入手できなかった場合や、工場を摘発して、販売価格が明らかに分からない在庫品が押収されたような場合には、後述の権利者が発行する価格証明、関係者の供述、物価局の認定等に基づいて認定されます。
Q4、刑事摘発の必要書類は?
管轄当局の運用で若干異なる場合もありますが、権利者企業様で準備していただく必要のある書類は原則として以下のとおりで、行政摘発とあまり変わりません。この他に調査会社側で、各種書類(例:摘発申立書、模倣業者の調査報告書、模倣業者の関連写真、模倣品実物または写真等)を準備、提出することになりますが、行政摘発の場合よりも、書類が厳格に求められる傾向があります。
・「調査会社への授権書」、「権利証書の写し」:申し立て時に準備
・「鑑定書」、「価格証明」:真贋鑑定時に準備
Q5、申し立ての様子は?
申し立てについては基本的に行政摘発と同じ形であり、通常は管轄公安と事前アポを取り、担当部署(例えば、経偵大隊など)に直接赴き、そのオフィスで申し立ての手続きを行います。公安側において当該案件が刑事訴追基準を満たすと判断された場合、別途、下図のように、調査会社と公安の各担当者が事前会議を行い、立ち入り検査の詳細方針を決めることになります。人員配備は案件規模に応じて決められますが、弊方では、刑事事件の場合、摘発規模が大きくなることから、最低4~5名の担当職員を派遣し、公安側も4~5名程度の担当官を出動させることが多いです。対象業者の規模が極めて大きい場合、各地の公安が連携して対応したりする等、合計数十名程度の人員で対応した事例もあります。
図 事前会議の様子(※左側手前・奥が弊方職員で、向かい側が公安職員)
Q6、立ち入り捜査の様子は?
刑事摘発の処罰力の影響で、行政摘発と違って、荒々しい雰囲気の中で行われることが多くあります。例えば、模倣業者が暴れ出したり、逃亡を図ったり、調査会社側の職員に暴行を加えたりと色々なトラブルが生じるケースも少なくありません。また、行政摘発と違って、当局職員も現場に踏み込んだ後は、より積極的に動くことが多く、通常は、現場に入り次第、模倣業者側の職員を全て一時的に身柄拘束し、関連書類、模倣業者のパソコン等を確認する作業を行います。その間、調査会社の職員は模倣品を探したり、模倣品数量を数えたりします。この現場捜査は、刑事摘発の場合、模倣品数量が多い傾向になるので、一般的に丸一日は掛かることが多く、全ての現場作業を終えると、押収物を運び出し、模倣業者側の責任者等を当局に連行することになります。
図 摘発時の様子
Q7、刑事摘発の費用はなぜ高いのか?
一般的に、刑事摘発の費用は1件あたり10~15万元程度で、行政摘発の費用の4~5倍程度の金額になります。費用が高くなる主な要因は、下表のとおり、調査会社側での対応工数が多いことにあります。また、案件によっては、公安段階で実費(押収模倣品の運搬費、倉庫保管料等)が発生し、これを権利者側で負担することも多く、費用が高くなる一因になります。
表 刑事摘発における調査会社の対応事項
Q8、刑事摘発の費用を抑える工夫はあるのか?
上述した費用を抑えることは一般論としては容易ではないですが、刑事事件の対象となるような模倣業者は侵害規模が大きくなる傾向にあり、訴訟を通じて、相対的に多額の賠償金が認められやすい状況であることから、模倣業者との賠償交渉、模倣業者に対する附帯民事訴訟を通じて、模倣業者から賠償金を取得して費用回収することは可能であって、検討するべき事項です。特に賠償交渉については、模倣業者が公安で身柄拘束されている期間中に行うと、①模倣業者に大きな圧力を与えることが可能で、②刑事裁判で罰金を支払う前段階で、模倣業者も比較的資金に余裕があることから、賠償交渉は成功しやすい傾向にあります。弊方でも過去に複数件の賠償交渉対応実績があり、中には数十万元程度の賠償金を獲得した事例もございます。
著者情報
IP FORWARD
模倣対策部/ビジネスサポート部 部長