中国での知的財産権侵害案件における警告状送付の実情
中国における知的財産権侵害行為に対する権利行使の手段として、主に、民事訴訟・行政摘発や行政法執行(以降、まとめて「行政摘発など」という)・警告状送付などが挙げられます。そのうち、警告状送付は、民事訴訟、行政摘発などによる救済方法に比べると、侵害行為差止めの確実性は低くなりますが、より迅速に、かつ低コストで侵害を停止させ得るため、多くの権利者に利用されています。本号では、知的財産権侵害行為に対する警告状送付の実情についてご紹介します。
警告状送付の内容、所要期間・費用、効果などの基本状況
警告状送付による権利行使とは、被疑侵害業者に対して、権利者の有する先行権利の内容、侵害事実、法律根拠、要請事項などが記載された書面を送付することです。複雑なケースを除き、警告状送付の所要期間は1~2ヶ月程度で、費用は数千元程度です。行政摘発など(3~6ヶ月、3~6万元程度)、民事訴訟(6~12ヶ月、10~30万元程度)に比べると、随分、早い、安いといえます。
また、弊所のこれまでの経験上、警告状の送付を通じて、被疑侵害業者から侵害行為停止の承諾を得たのは、全体の6~8割程度です。そのうち、口頭での侵害停止の承諾は4~5割、書面による侵害停止の承諾は、2~3割程度となっています。中には、侵害行使の停止を承諾したのみならず、模倣品の廃棄に応じるケースや、正規ライセンスに繋がるケース等も時々みられます。
他方、警告状送付で、相手に罰金を課すことや相手から損害賠償を得ることは難しく、そして、侵害行為の差止などを命じる処罰決定書や判決書などの公的書面も得られないため、行政摘発や民訴訴訟などに比べれば、警告状送付は侵害行為に対する抑止力が相対的に弱く、実際に、被疑侵害業者は侵害行為の停止を承諾したにも関わらず、停止しない、又は再犯するケースも多少散見されます。
どのようなケースで警告状の送付を利用すべきか
では、どのようなケースで警告状の送付を利用すべきかについて、よく使用される状況としては、主に、下記の通りです。
・侵害規模が小さいまたは悪質性が低い業者に対して権利を行使するケース
冒頭で記載したとおり、警告状の送付による侵害行為差止めの確実性は低いですが、より迅速に、かつ低コストで侵害を停止させ得るという特徴があるため、主として、侵害規模が小さいまたは悪質性が低い業者に対して利用することが多いです。例えば、商標権侵害品や専利権侵害品などを販売する小売店舗、ウェブサイトで虚偽宣伝を行う業者、ネットで写真などの著作物を無断に使用する業者等となります。
・証拠の収集が困難、時間がかかるケース
パッケージや企業名称の類似侵害(「反不正当競争法」6条で規定されている混同行為)などのケースについて、行政摘発など、民事訴訟で権利行使を行うと、権利者によるパッケージや企業名称の先行使用などを証する証拠を大量に収集する必要がありますが、各社の內部事情によって、その収集に時間がかかる、または、収集できない可能性があります。警告状送付する際に、基本的にこうした使用証拠まで相手に提示する必要がないので、この場合、まず、警告状の送付を通じて、相手に侵害行為の停止を要請してみることは考えられます。実際に、弊所の対応した案件の中、警告状送付で、類似なパッケージや企業名称を変更させた成功例もあります。
・非侵害だと判断されるリスクのあるケースや侵害を受けた権利の有効性が弱いケース
非侵害だと判断されるリスクが払拭できないケース(例えば、商標権や著作権の類似侵害)、または、侵害を受けた権利の有効性の弱いケース(例えば、一般名称化しつつある商標の不正使用)について、非侵害認定の記録や権利無効化の進行のリスクをなるべく防ぐために、まず、行政摘発などや訴訟ではなく、警告状の送付を行い、相手方の様子を見つつ、要請していくことを検討することができます。
上記のほか、警告状の送付は、訴訟による時効伸ばし(権利者の請求による時効の中断)、相手方の悪意の証明(送付後、相手方が侵害行為を停止しなかった、または、再犯に及んだ場合、その送付・交渉記録をもって相手方の悪意を証明できる可能性がある)の効果があり、民事訴訟の前置手段として利用されるケースもあります。
警告状の送付における留意点
上述のとおり、警告状送付は侵害行為に対する抑止力が相対的に弱く、警告状を受けた相手は侵害行為を停止しない、または再犯する可能性はあります。また、事前準備が不十分や警告状の内容が不適切の場合、警告状送付によってリスクが生じる可能性があります。こうした問題点やリスクに備え、以下のとおり、かかる留意点及び対策を列挙します。
・警告状送付の効果が相対的に薄く、再犯抑止力が弱い
送付後、ただ相手の返事や対応を待つではなく、こちらから架電して粘り強い交渉が必要であります。また、必要に応じて、警告状送付後、再犯の有無を確認するための確認調査を行うことが多くあります。
・警告状を受けた後、相手は侵害行為を停止しないが、警戒心が高まり、侵害行為の証拠の収集が難しくなるリスクがある
行政摘発などや民事訴訟による対応も視野に入れる場合、警告状送付の前に公証を通じて侵害行為の証拠化を行うことを推奨します。また、相手方にプレッシャーをかけるために、公証付き侵害行為の証拠を警告状に添付することは考えられます。
・警告状を受けた相手に非侵害確認訴訟[1]や無効審判が提起され受動的な立場になるリスクがある
可能性は低く、主に一部の専利権侵害行為(対象製品が相手側の売上の大半を占めており、非常に重要な製品である場合など)に対して警告状送付する際に発生します。
非侵害確認訴訟が提起される可能性のあるような案件について、なるべく警告状送付ではなく、行政摘発などや民事訴訟で権利行使を行ったほうがよく、また、最終的に警告状送付になった場合でも、送付前に、かかる対策(相手から催告を受けてからの対応策など)を整えておいたほうが良いです。
また、無効審判されるリスクに備えて、とくに無審査登録される実用新案権、意匠権を根拠とした警告状送付については、評価報告書等の権利の有効性に関する書類の取得などを通じて、事前に有効性を確認しておくのが望ましいです。
・警告状送付行為は不正競争行為と判断されるリスクがある
可能性は低く、主に専利権侵害の被疑侵害製品の販売業者に警告状を送付する際に、高度の注意義務を果たしていない場合に発生します。
過去に弊所トピック[2]でも挙げましたが、被疑侵害業者に非侵害確認訴訟を提起され、不正競争行為と認定されたケースがあります。最高人民法院(2014)民三終字第7号における、石家荘双環汽車股分有限公司(以下、「双環」という)と本田技研工業株式会社(以下、「本田」という)の非侵害確認訴訟では、本田は双環の取引先に警告状を送付したものの、その内容に、意匠が類似する具体的判断理由や侵害対比がなく、双環が司法救済を求めた事実やその他客観的及び合理的判断を助けるような事実が含まれていなかったこと、及び製造者である取引先は、侵害判断能力が比較的低く、また、リスク回避の意識が高く警告を受け入れ易いことから、取引先への侵害警告には、より高い注意義務が要求されると認定した。最終的に、本田の警告状の送付行為が不正競争行為に該当するとして、裁判所は、本田に1,600万元の賠償金の支払いを命じました。この事例の通り、被疑侵害製品の販売業者への警告状の送付は、より高い注意義務が要求されるものであり、その判断基準としては、合法的な私的権利救済手段と見せかけて、真の目的は相手方(市場競争相手)を貶めるような行為が、合理的範囲を超えたか否かとなります。但し、実際の警告状の送付には、警告状の内容、送付方法について過失がない限り、たとえ被警告行為が最終的に侵害を構成しなくても、権利の濫用とはならず、競争者の損失を賠償する可能性は低いと思われます。
また、このようなリスクをなるべく払拭するために、特に専利権侵害の場合、被疑侵害製品の販売業者ではなく、その製造業者に対する警告することは望ましいです。
まとめ
上記の通り、警告状送付は、迅速に、かつ低コストで侵害を停止させ得るメリットがありますが、効果が相対的に弱く、また、権利行使手段として相応しくない場合もあります。このため、侵害された権利、侵害業者の素性、侵害行為の規模などを踏まえて、警告状送付、それともその他の手段で権利行使を行うべきか、毎度検討を行ったほうが良いと思われます。また、警告状送付を選んだ場合でも、その留意点に備え、しかるべき対策をとっておいたが良いと思われます。
[1] 非侵害確認訴訟は、被警告者等の催告受領後、1ヶ月以内に警告を撤回、または訴訟を提起していないことが要件とされています。
[2] 弊所2016年6月号のNews letterの法務トピックとなります。