【日本】情報流通プラットフォーム対処法の公布
1. はじめに
インターネット上の権利侵害情報に関するプロバイダの責任制限や発信者情報開示請求について定めた法令として、プロバイダ責任制限法(正式名称:「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)がある。2024年5月17日、この「プロバイダ責任制限法」を改正し、「情報流通プラットフォーム対処法」(正式名称:「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」)へと名称変更する法律案が可決、公布された(以下「本改正」という。)。公布の日から起算して1年を超えない範囲内において施行予定とされている。
本改正の目的は、誹謗中傷等のインターネット・SNS上の違法・有害情報の流通が社会問題化していることを受けて、大規模プラットフォーム事業者に対し、⑴対応の迅速化、(2)運用状況の透明化の具体的措置を求める制度整備を行うものである。
IP FORWARDにおいては、日本国内も含め、知財権侵害から名誉棄損にわたるまで、プラットフォーム事業者への削除申出を日常的に行っており、今後は本法改正の動向にも注視しながら進めることを想定している。そこで、本節では、この法令改正の概要について説明する。
2. 背景
本改正の背景としては、昨今、社会問題化していた、SNS等での誹謗中傷など権利侵害被害の深刻化がある。
総務省資料によれば、インターネット違法・有害情報相談センターに寄せられた相談件数が増加傾向にあることが窺われる(令和4年度5,745件)。
表:総務省「違法・有害情報相談センターにおける相談件数の推移 <平成22年度~令和4年度>」[1]
また、相談内容としては、「名誉棄損・信用棄損」や「プライバシー侵害」が多いが、「著作権侵害「商標権侵害」といった、知的財産権の侵害に関する相談も含まれている。
表:総務省「違法・有害情報相談センターにおける相談(作業)件数の内訳:相談内容(作業件数ベース)<令和4年度>」[2]
さらに、その相談件数の内訳をみると、「削除方法を知りたい」という相談が多数である。
表:総務省「違法・有害情報相談センターにおける相談(作業)件数の内訳:対応手段(作業件数ベース)<令和4年度>」[3]
これらの状況を受けて、誹謗中傷等のインターネット上の違法・有害情報に対処するための制度設計が行われた。
3. 主な改正点
本改正は、大規模プラットフォーム事業者を対象とするものである。情報流通プラットフォーム対処法における大規模プラットフォーム事業者(正式名称:「大規模特定電気通信役務提供者」)とは、一定規模以上の特定電気通信役務であって、侵害情報送信防止措置の実施手続きの迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図る必要性が特に高いと認められる者であって、大規模特定電気通信役務を提供する者として総務省に指定された事業者を指す(法2条14号、20条1項)。したがって、対象は、総務省の指定する大規模プラットフォーム・SNSの運営事業者となることが予想される。事業者規模の基準は、今後、総務省令によって定められる予定である(法21条1項1号)。
本改正において、大規模プラットフォーム事業者に対して課される義務の内容は以下の通りである。
(1)対応の迅速化 (権利侵害情報)
① 削除申出窓⼝・⼿続の整備・公表
大規模プラットフォーム事業者は、自らが提供する大規模特定電気通信役務を通じて流通する侵害情報につき、送信防止措置を講ずる申出を行う方法を定め、これを公表しなければならない(法23条1項)[4]。
② 削除申出への対応体制の整備(⼗分な知識経験を有する者の選任等)
大規模プラットフォーム事業者は、侵害を受けた者(被侵害者)から侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出があったときは、不当な権利侵害の有無について、遅滞なく必要な調査を行わなければならない(法24条)。そして、当該調査のため、特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害への対処に関して十分な知識経験を有する者のうちから、侵害情報調査専門員を選任しなければならない(法25条)。
③ 削除申出に対する判断・通知(原則、⼀定期間内)
大規模プラットフォーム事業者は、侵害情報送信防止措置の申出を受けて行った調査の結果に基づき、当該措置を講ずるかどうかを判断し、原則として申出を受けた日から14日以内の総務省令で定める期間内に、所定の事項を申出者に通知しなければならない(法26条1項)。
(2)運⽤状況の透明化
① 削除基準の策定・公表(運⽤状況の公表を含む)
大規模プラットフォーム事業者が情報の送信防止措置を講ずることができるのは、緊急の必要性や法令上の義務がある場合など一部を除いて、原則として事前に公表している削除基準などに従う場合に限られる(法27条1項)。当該基準は、どのような情報が送信防止措置の対象になるかを具体的に定めるなど、一定の基準に適合させるよう努めなければならない(同条2項)。
加えて、大規模プラットフォーム事業者は、自ら運営するプラットフォームに関して、毎年1回、当該削除基準の運用状況について公表しなければならない(法29条)。
② 削除した場合、発信者への通知
大規模プラットフォーム事業者が運営するプラットフォーム上において送信防止措置を講じたときは、原則として遅滞なく、その旨及びその理由を送信防止された当該情報の発信者に通知し、または発信者が容易に知り得る状態に置く措置を講じなければならない。また、その理由において、上記送信防止措置基準との関係を明らかにする必要がある(法28条)。
(3)罰則
情報流通プラットフォーム対処法には、勧告及び命令規定とともに、罰則規定も盛り込まれている。大規模プラットフォーム事業者が上記義務に違反した場合に、総務大臣は、勧告、勧告に係る措置を講じなかった場合には是正命令を発することができる。大規模プラットフォーム事業者が当該命令にも違反した場合は、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科される(法31条、36条)。
4. 終わりに
本改正自体は、削除申出の透明化・迅速化を促すものであり、削除申出を行う被侵害者にとっては歓迎すべき改正であるといえる。
本規定自体は、大規模プラットフォーム事業者を対象とするものであり、同提供者に指定されなければ上記の義務を負うものではないが、削除基準などの運用の指針が形成されていくものといえ、指定対象者ではないプラットフォーム事業者も含め、実務への影響は大きいと考える。加えて、典型的な知的財産権侵害案件については、削除申出に関する運用は既にある程度確立してきているといえるが、今後、本改正の影響を受けて、変更されることは十分考えられ、注視が必要である。
[1] 総務省「令和4年度インターネット上の違法・有害情報対応相談業務等請負業務報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000881624.pdf
[2] 総務省「令和4年度インターネット上の違法・有害情報対応相談業務等請負業務報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000881624.pdf
[3] 総務省「令和4年度インターネット上の違法・有害情報対応相談業務等請負業務報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000881624.pdf
[4] 電子的な方法を可能とすること、申出者に過重な負担を課するものではないこと、プラットフォーム事業者が申出を受けた日時が申出者に明らかとなることを要件とする(法23条2項)。
著者情報
IP FORWARD 法律特許事務所
弁護士 鷹野亨