【中国】商標冒認出願人に対する民事及び行政責任の追及についての解説(下編)
1.初めに
上編に続き、今回は、商標冒認出願人に対する民事責任の追及に関する法律規定と実務的運用について解説する。
2.民事責任について
・根拠法令規定及び関連実務事例
現在、現行の商標法及びその他関連法令規定に、商標冒認出願行為に対する民事責任を明確に定めていない。実務上、主に『不正競争防止法』第2条の一般規定を適用し、商標冒認出願行為を不正競争行為として認定した上で、冒認出願人に相応の民事法律責任を負担させる。
『不正競争防止法』第2条 |
例えば、エマソン社が商標冒認出願人に対して提起した不正競争紛争事件において、福建省高級人民法院は、被告の冒認出願行為は信義則に違反し、公正競争の市場秩序を破壊し、エマソン社の合法的権利・利益を損なったと認定し、『不正競争防止法』第2条に基づき、不正競争行為を構成する。
・商標冒認出願行為のみが不正競争行為を構成する事例[1]
原告及びその先行商標:原告のエマソン社は世界の500強の会社であり、「愛適易」、「In-Sink-Erator」等の商標を所有する。持続的な宣伝及びプロモーションによって、エマソン社の「愛適易」ブランドは生ごみ処理装置の分野に一定の影響を形成した。 被告の冒認出願行為:被告の和美泉社及び海納百川社の法定代表者はいずれも王氏であり、両社は関連会社である。和美泉社は計27回にわたり、15区分の商品・役務に、海納百川社は計21回にわたり、13区分の商品・役務に、原告のエマソン社の「insinkerator」、「愛適易」商標等に対する冒認出願を行った。異議申立等の手続において、これらの冒認出願行為は他人の著名な商標を複製・模倣する意図が明らかであり、商標登録の秩序を乱し、公正競争の市場秩序を損なうものであると認定された。 裁判所の認定:被告の冒認出願行為は、善意的、且つ正常な経営活働又は自身の知的財産権を維持するためのものではなく、明らかに、利益を得るための商標買い占め行為に該当する。当該行為は信義則に違反し、正常な商標登録の管理秩序を乱し、公平競争の市場秩序を破壊し、原告の合法的な権利・利益を損い、不正競争行為を構成する。 判決:エマソン社の商標と同一又は類似する商標の出願を停止せよ;原告に対して経済的損失120万元を賠償せよ。声明を掲載し、影響を取り除け。 |
しかし、『不正競争防止法』第2条は、一般条項であるため、不適切な拡大適用により市場の自由競争が阻害されないよう、この条項を適用するのは慎重である。上記に加え、商標冒認出願行為が、本条で規制する「生産・経営行為」に該当するか否か、実務上、異なる観点がある。例えば、カストロールが商標冒認出願人に対して提起した商標権侵害及び不正競争紛争事件[2]において、北京市西城区人民法院は、「本件の係争行為は商標出願行為であり、当該行為は被告が行政機関に対する行政許可の申請行為であり、生産・経営行為ではないため、不正競争防止法の規制対象には該当しない。」と認定した。アフトンが商標冒認出願人に対して提起した商標権侵害紛争事件[3]において、北京市高級人民法院は似たような見解を示し、「単純な商標出願行為は民事侵害行為には該当せず、これにより生じた紛争は民事訴訟の範囲には含まれない。」と判断した。したがって、商標冒認出願行為のみが存在する場合、不正競争行為として認定できるか否か、冒認出願人に対する民事責任が追及できるか否かについては、まだ統一な裁判基準が形成されていない状態である。
実務上、商標冒認出願人は、不当な利益を得るための冒認商標利用行為や、悪意な権利行使行為等の違法行為を伴う可能性がある。この場合、冒認出願行為は他人の合法的権利・利益の侵害、不当利益の獲得行為の一環として、不正競争防止法が規制する「生産・経営行為」として認定され、これに対する民事責任が追及されやすい。確認された複数の事例において、裁判所は他の違法行為と併せて、『不正競争防止法』第2条に基づき、冒認出願行為を不正競争行為と認定した。以下では、その一部の事例について紹介する。
・商標の冒認出願行為及び使用行為が不正競争行為を構成する事例[4]
原告及びその先行商標:原告の株式会社MTGは「ReFa」、「黎珐」等の商標を所有し、原告ReFa(黎珐)ブランドのシリーズ商品は、美容器等の分野で一定の知名度を有する。 被告の冒認出願行為:関連会社である被告3社は2014年から原告MTG社に対し冒認出願を行い、2020年までに15区分の商品・役務に「REFA」、「黎珐」商標を52件出願した。 被告の冒認商標の使用行為:被告らは、原告の「ReFa」「黎珐」等の商標を侵害するドライヤー、洗顔器等の製品を製造、販売した。 裁判所の認定:被告の冒認出願行為は商標の買い占め、原告ブランドをただ乗りするという不正競争の意図がある。被告の冒認出願行為により、原告が正常経営のために出願した「ReFa」「黎珐」商標出願が拒絶された。原告はやむを得ずに、被告の冒認商標に対する異議申立、無効審判を行い、その自身の出願商標に対する拒絶査定不服審判、審判取消訴訟を行った。被告らの冒認出願行為は、信義則に違反し、公正競争の市場秩序を乱し、不正競争行為を構成する。 判決:被告は、商標権侵害行為を直ちに停止せよ。原告の「ReFa」「黎珐」等の商標と同一又は類似する商標出願を直ちに停止し、出願した商標を撤回し、登録した商標を抹消せよ。原告に対して経済損失及び合理的支出65万元を連帯的に賠償せよ。 |
・商標の冒認出願行為及び不当な権利行使行為が不正競争行為を構成する事例[5]
原告及びその先行商標:原告の世康社は専門の呼吸保護用品のメーカーであり、以前から持続的に「MASkin」ブランドを使用し、「maskin」、「BENEHAL/必利好」等の登録商標を所有し、そのブランドは比較的高い知名度を有する。 被告の冒認出願行為:被告源時社は原告との提携期間中に、「MASkin」商標を冒認出願した。源時社とその関連会社は、「MASkin」「蘇世康」「州世康」「BENEHAL」「必利好」等16件以上の商標の冒認出願を行った。また、被告はWeChat公式アカウントには「MASkin」及び「BENEHAL」を使用している。 被告の不当な権利行使行為:提携決裂後、被告は前述の「MASkin」等の商標に基づき、世康社に対して著作権侵害、商標権侵害等の訴訟を3件提起し、市場監督管理局、業界協会等に3回以上クレームを申立て、Tmall、タオバオ等のECモールに23回削除申告を行った。被告の法定代表者及び株主である徐氏は、WeChat公式アカウントで原告に対する誤解を招くような発言をし、冒認商標を利用して何回も原告に対する脅迫的な交渉を行っていた。 裁判所の認定:被告は原告の知名度高い商標や商号に対する冒認出願を行い、原告に対して脅迫的な交渉を通じて不当な利益を獲得しようとする一方、原告を経営困難に陥らせ、商標登録管理秩序と競争秩序を乱した。また、被告は、権利侵害紛争が司法機関又は行政機関より認定されていない状況において、WeChat公式アカウントで原告の商業的信用及び評判を損う不実な投稿を行い、商業的誹謗を構成する。被告のこれらの行為は、いずれも不正競争行為に該当する。従って、被告は侵害行為を停止し、影響を取り除く法律責任を負うべきである。 判決:被告は、直ちに係争不正競争行為を停止し、「MASkin」「BENEHAL」WeChat公式アカウントの名称を変更せよ。声明を掲載し、影響を取り除け。原告に対して経済的損失及び合理的支出300万元を賠償せよ。 |
・商標の冒認出願行為及びその他の違法行為が不正競争行為を構成する事例[6]
原告及びその先行商標:原告の干霸社は「干霸」、「SUPERDRY」、「SD図形」等の先行商標を所有し、乾燥剤分野においてその製品は多くの評価を受けている。第三者が発行した市場報告書により、干霸社は塩化カルシウム乾燥剤分野で高い市場シェアを占めている。 被告の商標冒認出願行為:被告の陳氏は原告と取引関係があり、2010年8月以降、陳氏及びその支配する華赢社、陳氏の親族及びその親族が支配する会社は、原告の先行商標と同一又は類似する商標を数十件にわたり冒認出願を続けていた。 被告のその他の違法行為:①冒認商標を引用し、原告の商標に対して複数回の異議申立及び無効宣言を行った。②原告の「SD図形」商標及び乾燥剤パッケージデザイン要素を用いて著作権の冒認登録を行った。③前述の著作権冒認登録を利用して税関登録を行った。 裁判所の認定:各被告は『商標法』等の法令規定及び基本的な商業道徳に違反し、公正競争の市場秩序を破壊し、権利者に直接又は間接的な経済損失を与えただけでなく、行政及び司法資源の浪費を引き起こし、『不正競争防止法』第2条第2項に規定される不正競争行為に該当する。 裁判結果:被告は、直ちに原告に関連する商標と同一又は類似する商標の出願を停止し、今後の出願行為も停止せよ。被告は直ちに原告の先行標識を利用した不正な著作権登録及び不正な知的財産権税関の届出の行為を停止せよ。声明を掲載し、影響を取り除け。原告に対して経済的損失及び合理的支出30万元を賠償せよ。 |
・民事責任の負担方式
商標冒認出願行為が不正競争行為として認定された場合、『民法典』における民事責任の負担規定[7]を適用して、商標冒認出願者は、①侵害行為の差止、②損害賠償の法律責任を負担しなければならない。侵害行為の差止について、具体的に、冒認出願行為の停止、出願済みの商標の撤回、登録済みの商標の・抹消等が含まれる。損害賠償について、実務上、法定賠償の算定方法を採用することが多い。この場合、賠償額を算定する際に、裁判所は、冒認出願行為を阻止するための異議申立、無効審判、審判取消訴訟等の手続きにおいて権利者が支払った費用、先行権利の知名度、冒認出願行為やその他の違法行為の情状、商標冒認出願人の主観悪意、民事訴訟を提起するために権利者が支払った合理的支出等を考慮する。
・商標法改正草案において商標冒認出願行為に対する民事責任の規定
現在、商標法第5次改正の検討が進められ、2023年1月に国家知識産権局が公布した『商標法改正草案(意見募集稿)』では、悪意の商標冒認出願行為に対する民事賠償責任の規定が初めて設けられた。
『商標法改正草案(意見募集稿)』 |
もし当該規定が最終的に採択される場合、権利者が商標冒認出願人の民事責任を追及するための直接的な根拠となり、商標冒認出願行為がさらに抑制されることが期待される。
3.終わりに
行法において商標冒認出願行為に対する民事責任が明確に定められていないため、特に商標冒認出願行為のみが行われた場合、民事ルートで冒認出願人に対して差止や損害賠償の責任を追及できるか否かについて、全体的にまだ不確実性がある。一方、冒認出願人が冒認商標を使用して不当な利益を得ることや、その商標を利用して悪意のある権利行使等の違法行為を行う場合、冒認出願行為はこれらの違法行為の一環として、その民事責任がより追及されやすい。その他の違法行為に対する権利行使する際に、商標冒認出願行為に対しても併せて民事責任を追及することが検討できる。
[1] (2021)閩民終1129号
[2] (2020)京0102民初2355号
[3] (2021)京民終497号
[4] (2023)浙0212民初4045号
[5] (2021)蘇民終2452号
[6] (2022)閩05民初1791号
[7] 『民法典』第179条第1項
以上
著者情報
IP FORWARD 法律特許事務所
中国弁護士 周 婷